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『魔王学院の不適合者』が面白い

今回は、ライトノベル『魔王学院の不適合者』(著者・秋、イラスト・しずまよしのり電撃文庫)について語りたいと思います。

 

『魔王学院の不適合者』は、現在のラノベ業界における最注目株と言っていいでしょう。

2019年7月31日現在、まだアニメ化の発表はされていませんが、すでに漫画化はされていますし、最近のアニメ化作品の傾向なども踏まえると、近いうちにアニメ化されるのは間違いないと思います。

 

『不適合者』は、いわゆる「主人公最強」作品です。同系統の作品はこれまでたくさんありましたし、特に最近は増加傾向にあります。そんな中で『不適合者』のどこが面白いのか?

ここでは2つのポイントに注目します。第一に主人公の魅力、第二に転生という舞台装置を上手く利用した謎解き要素、この2点です。

これから詳しく説明していきますが、まずその前に『不適合者』についての基本情報をおさえておきましょう(以下、核心に触れるネタバレはしないように気を付けます)。

 

 

 

『魔王学院の不適合者』とは?

 

『不適合者』は、もともと小説投稿サイト「小説家になろう」で2017年から連載された作品で、2018年3月に電撃文庫から書籍化されました。作者は秋さん、イラストレーターはしずまよしのりさんです。2018年10月には、かやはるかさんの手で漫画化され、スクエアエニックスから出版されています。

 

この記事では書籍版の小説のみを扱います。書籍版小説は2019年7月現在、4巻(下)までの計5冊が出版されています。

 

ではまず、『不適合者』がどういう物語なのか、僕なりにあらすじを超簡単にまとめましょう。

 

主人公の魔王アノスは人間、精霊、神との長い戦争に飽き、平和を求めて各勢力間の接触を阻む壁をつくり転生することにしたが、いざ2000年後に復活してみたら、魔族は平和ボケのせいか弱くなっているし、いつの間にか魔族に身分格差が生まれているし、支配階級の魔族を育成するとかいう魔王学院に入学したら強すぎるアノスは正当に理解・評価されず「不適合者」呼ばわりされるし、しかもどうやら歴史が改ざんされているらしくアノスが魔王だと誰も認めてくれない……さあ、最強の魔王アノスはどうする?

 

このあらすじから、同じく電撃文庫の『魔法科高校の劣等生』を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか(ちなみに僕は『魔法科』も最新刊まで全部読んでいます)。〈最強の主人公が、その能力や正体を周囲になかなか認めてもらえないが、徐々に主人公を認める仲間たちが集まっていく〉。ストーリーラインをこのようにざっくり捉えれば、『不適合者』と『魔法科』はたしかに似ていると言えるでしょう。さしずめ、「お兄様」に「魔王様」が対応するとでも言いましょうか。

 

でも、それほど両作品は似ていません。例えば主人公の目的が違います。『魔法科』の達也は基本的に妹が全てです。他方『不適合者』のアノスは魔王として平和のために行動します。また、『不適合者』はツンデレヒロイン(サーシャ)と控えめヒロイン(ミーシャ)のダブルヒロイン制でスタートしています(第三、第四のヒロインの参戦を否定はしませんが)。このヒロイン設定に関しては、例えば『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』(ファンタジア文庫)に少し近いと言えるかもしれません。

 

このように、『不適合者』の類似作品はいくつも見つけることができます。でもそれだけで『不適合者』の面白さが軽減されるかというと、そうではありません。上記のような共通点あるいは「テンプレ」は、大袈裟に言えばもはや「物語構造」としてツール化されているからです。だからそのツールを利用しただけで独創性が損なわれることにはならないのです。

 

ただ、ここでは他作品との比較が主眼ではありません(それはそれで面白そうですが)。『不適合者』自体の面白さの説明に入りましょう。

 

 

 

『不適合者』の魅力

 

「主人公最強」という設定は現在の読者にとって、良くも悪くもありふれたものです。すると、その設定の作品にとって今最も大事なのは、まず読者に「うわっ……」と忌避されないことでしょう。そうでなければ読者は面白さの判断以前に見るのをやめてしまいます。この関門をまず突破してから王道の展開を丁寧に描けば、面白い作品になるはずです。なぜなら、面白いから王道になったのですから。

 

そこでポイントになるのは、(1)最強の主人公が魅力的か。(2)物語の展開が単調で極端ではないか。この2点でしょう。主人公の描き方は、現在特に大切だと思います。主人公を「キモい」「ウザい」と思うと、それだけで見るのが苦痛になってしまいます。それだけで批判の的になっている作品もあります(どの作品かまでは言いませんが)。また、主人公の描かれ方にも関連しますが、物語展開が露骨で単調だと、それこそ「テンプレ作品」などと揶揄されてしまうでしょう。ゴールがたとえわかりきったものでも、そこまでの道程が複雑で丁寧であれば、物語に起伏や緩急が生まれて面白くなります。というか、大枠の物語構造の種類なんて限りがあるでしょうから、その肉付けにこそ独自性や面白さが存するはずです。

 

そして『不適合者』は、この2つのポイントを上手くおさえていると思います。

 

◆主人公の魅力

最強の主人公が、嫌味がなく、好感を持てる人物として映るために大きな役割を果たすのは、主人公が特別な意味で適わない人物が存在することです。主人公最強という前提がある以上、その適わない人物は、力で勝てない存在などではなく、「この人には頭が上がらない」「どうもこの人と一緒にいると調子が狂う」といった存在であることが大事です。

 

『不適合者』でその役割を担っているのが、アノスの両親です。つまるところ彼らは「愛すべきバカ」なのです。彼らに力なんてありません。でもアノスは両親に振り回され続けます。それにもかかわらずアノスは両親を嫌いにはなれません。過去も現在も最強の魔王が、ただの人間である両親にはまったく適わないのです。そして彼らの存在のおかげで、アノスにも可愛げが生まれます。アノスの両親は物語の清涼剤になっているわけです。

 

でも、まさにそのような存在であるからこそ、アノスの愛すべき両親が危機に瀕したときアノスがどう動くのか、読者は容易に想像できますし、その通りになることを期待するでしょう。そのような場面はもちろん存在します。そして、こうした特別な関係性の中で主人公が見せる強さは、決して嫌味なものにはならず、ただただ読者の溜飲を下げてくれるものになるのです。

 

また、もっとシンプルに言えることもあります。アノスはそもそも最強の魔王ですから、物腰と態度に余裕が満ち溢れています(だからこそ両親とのやり取りが際立ちます)。アノスは謙遜も自慢も見せません。自分を見下す者たちを貶めようともしませんし、自分が認めた者への感謝や賞賛は惜しみなく与えます。いわばアノスは「理想の上司」なのです。

 

そのため、「主人公最強」作品において不可欠ではあるものの描き方によっては賛否が分かれる、主人公に対する周囲の驚きや賞賛という場面は、程よく受け流されます。なにしろ魔王にとっては当然のことだからです。さらにはもっと突き抜けて、アノスの熱狂的なファンクラブまで現れます。彼女たちはアノスの両親と同じくコミックリリーフ的な役割を担いますが、結構大事な場面で良い活躍を見せてくれます。

 

このように、主人公の最強さを積極的に肯定しつつ、サブキャラとの関係の中で適度にギャップを見せることで、『不適合者』は好感を持てる主人公を描くことに成功しているのです。

 

◆物語展開の魅力

主人公が最強ということは、誰にも負けないということです。しかし、簡単に勝ってばかりでは当然退屈です。だからといって主人公が下手に苦戦したり、初戦で負けて敵の強さが強調された後に最終的に勝つといった展開が繰り返されたりしてしまうと、逆に「最強の主人公」を望む読者は失望します。

 

ではどうあるべきか。主人公の「苦労」が丁寧に描かれていれば良いのです。

 

『不適合者』の物語展開において良いスパイスになっているのが、「転生者は誰か」「アノスが復活するまでの間に何が起きたのか」といった謎です。アノスが転生する前、つまり2000年前のキャラは、主要舞台である現代の魔族たちからすればとんでもなく強い存在であるため、その動向が物語を大きく左右します。でもその強敵にアノスが勝つだけでは物足りないでしょう。その過程をより彩り豊かにしてくれるのが、2000年前と現代を繋ぐ謎です。「○○の転生者は誰か?」「2000年間に何が起きて、今こんな状況になったのか」「敵の正体や黒幕は誰か」という謎解き要素が『不適合者』の最大の見所だと僕は思います。そのための伏線の張り方もなかなか見事です。戦闘シーンでのカタルシスよりも、あたかも推理小説を読み終えたかのような満足感の方が、『不適合者』の読後感のより大部分を占めるのです。

 

謎解きに関して最初の集大成となるのが4巻(上)(下)です。そこには魅力的な設定や展開、キャラがこれでもかというくらい詰め込まれていますが、それがきれいにまとまっています。(余談ですが、『不適合者』がアニメ化したらまずはこの4巻までといった感じになりそうです。でも分量的に1クールに詰め込めそうもないから2クールですかね。できれば『魔法科』のアニメと同じ程度には丁寧にやってほしいものです)。

 

要するに『不適合者』では、転生という今ではありふれた舞台装置が上手く使いこなされているのです。アノスは転生前も転生後も変わらず最強です。主題となるのは、魔王の圧倒的な強さなどではなく、転生のためにアノスが不在だった間に生じた歪みを、復活したアノスが修正・修復していくことです。この作品は英雄的な革命の物語ではありません。革命的な行為は2000年前にすでに行われたのです。『不適合者』は、復活と救済の物語に他なりません。

 

この点が、いま流行している異世界転生系の作品と異なるところです。異世界転生ものの作品は、現実世界における主人公の何らかの不都合が、転生と異世界生活を通じて克服・解消されるというカタルシスがベースになっていることが多いです。つまりそれは多少強引な成長と克服の物語になっています。それに対して『不適合者』では、成長も克服される不都合も主人公アノスには見当たりません。救済されるのは他者と現在であり、復活されるのは過去に主人公が望んだ平和な世界なのです。

 

 

 

おわりに

 

『魔王学院の不適合者』は、魅力的な主人公と、転生という設定が有機的に組み込まれた緻密で軽快な物語を兼ね備えた作品であり、「主人公最強」系の新たな代表作になる可能性を秘めています。