因果交流電燈

本とアニメを題材にしていろいろ語るブログです。

ハードボイルドとアニメ

今回は、アニメ好きの人が見るべき一般の作品と、一般の人におすすめできるアニメ作品について少し話したいと思います。

 

結論は、「アニメ好きは広義のハードボイルドものの一般作品を見ろ」「一般の人は広義のハードボイルドもののアニメを見ろ」です。

 

ここでの「アニメ好き」と「一般」の区別は便宜的なものなのでご容赦ください。事実、僕は「アニメ好き」の「一般」の人です。この区別は相対的なものだと主張することが、ここでのひとつの目的に他なりません。

 

ただ、今回はどちらかというとアニメ好きの視点に重きを置くつもりです。

 

■おすすめのアニメとして何を選ぶか?

 

アニメを普段見ない人に何かアニメ作品をおすすめするとき、そこにはいくつかの判断基準があると思います。

 

例えば、あくまで自分の好みの作品を教えたいのか、それとも相手の好みに合わせたものを教えたいのか、などです。

 

今回考えてみたいのは、アニメ好きが見る作品と、一般の人も見やすい作品の違いです。有り体に言えば、オタク向けの作品と一般受けの良い作品の違いです。

 

実は僕自身、この区別を使い分けた経験があります。

 

随分昔の話ですが、長い付き合いの友人に僕は『ハルヒ』や『らき☆すた』を勧めました。幸いにもその友人は一気にアニメにハマってくれましたが、今になって思えばなかなかの賭けだったと思います。

 

その一方で、大学で仲良くなったばかりの友人に何かおすすめのアニメを聞かれたとき、僕は『攻殻機動隊』や『BLACK LAGOON』を教えました。「これなら見やすいと思うよ」と言葉を添えて。言い換えれば、「これは一般受けの良い作品だよ」ということです。

 

僕自身の経験ではありますが、こう見てみるとかなりわかりやすい気がします。大まかに言ってしまえば、家族と一緒に見れるか否か、というのが基準になっていると言えるでしょう。

 

当然、すでにアニメ作品の様々な魅力に気付いている僕個人としてはどちらの種類のアニメも同じく好きですし、偉大さの面でも全く差異はないと判断しています。しかしそれでも、アニメ好きではない人をこちらの世界に引き込もうとする上では、社会通念や偏見などを考慮する必要があるのも事実でしょう。

 

こうした配慮自体は、必ずしも全面的に悪いわけではないと思います。なぜなら、まずは説得も議論も必要不可欠ではないからです。アニメのおすすめを聞かれている以上、まずは見てもらうのが一番です。

 

つまり、ある程度世間に蔓延しているだろうと想定できる偏見があるならば、それを直接攻撃することだけが対抗手段ではないでしょう。そうした偏見がくだらないものだと思えるような状況へ先導してあげることも間違いなく有益な方法なのです。

 

ですから、一般向けのアニメがどんなものかを考えることは大事ですし、僕も知らず知らずのうちになんとなく実践していたわけです。

 

もちろん、一般向けのアニメ作品の特徴についての唯一の解など存在しないでしょう。でもなんとなく、いくつかの手掛かりは得られた気がします。アクション性なのか、洋画っぽさなのか、ワクワク感なのか、それとも「かわいさ」を強調しないことなのか……などなど。

 

当然、ここで言う手掛かりは、僕個人の趣味嗜好と判断に基づいたものです。しかし大事なのは、一般向けとは何かを考えるのは決して無駄ではないということです。

 

では、今度はアニメ好きの視点から一般作品に目を向けるとどうなるか考えてみましょう。

 

■アニメにおけるひとつのテンプレ

 

アニメをたくさん見ていると、自分が好きなテンプレに気付いていくものです。

 

僕の場合は、〈不器用な男と無垢な少女〉という構図がまさにそうでした。

 

今思い浮かぶだけでも、『ソルティ・レイ』『CLANNAD AFTER STORY』『Darker than Black』『GUNSLINGER GIRL』『うさぎドロップ』などを挙げることができます。

 

そのような好みのテンプレを自覚してくると、今度は徐々にいろんなアニメ作品をそのテンプレの変形や派生として理解していくようになっていきます。

 

僕の場合例えば、『ギアス』のルルーシュを不器用な男に、ナナリーを無垢な少女に当てはめてみたりします。すると今度はC.C.の位置づけはどうなるのか、などと思考は広がっていきます。

 

さらに〈不器用な男と無垢な少女〉という構図は拡大解釈され、次々に適用可能に思えてきます。『ハルヒ』のキョン長門、『まどマギ』のほむらとまどか、『咲』の照と咲、『ガルパン』のまほとみほ、などなど。ここまでくるともはや主人公-ヒロイン、主人公-ライバルの関係性のひとつといったように曖昧化もしてきますが、少なくとも自分の好みと同時に多くのアニメ作品に漠然と輪郭が与えられた気になります。

 

このような段階に至った後、ふとしたきっかけで僕は『レオン』という超有名な洋画をはじめて見たのですが、驚愕しました。なぜなら、僕の好きなテンプレのほぼ完成した形がそこに見つかったからです。

 

ここで『レオン』のあらすじを詳しく説明するつもりはありません。要するに、殺し屋のオジさんと、複雑な事情を抱えた少女の物語です。まさに〈不器用な男と無垢な少女〉に他なりません。イメージとしては、『GUNSLINGER GIRL』と『うさぎドロップ』を足して2で割った感じとでも言えるでしょうか。ともかく、僕が見てきたアニメの多くが『レオン』に影響を受けたのではないかと思えてしまうほどでした。

 

『レオン』ほどではないですが、最近僕が読んだ小説『テロリストのパラソル』にも同様のテンプレを見出せました。再びざっくり言うと、アル中のオジさんが少女と出会い、その直後爆破テロに巻き込まれるところから物語が始まります。問題の少女はヒロインではありませんが、物語展開のひとつの軸になっています。

 

それだけでなく『テロリストのパラソル』は、物語的にもキャラクター造形的にもアニメ好きなら絶対に楽しめる小説だと思いました。漠然とした印象で言えば、『テロリストのパラソル』を読んで僕は、アニメ化もされた伊藤計劃の『ハーモニー』を思い浮かべました。それと同時に、ミステリーの構造がどれほどアニメ作品と親和的かを考えさせてもくれました。

 

つまりは、アニメに見出せる良さ、言い換えれば「アニメ的な何か」は、実写映画や小説にもはっきり見出すことができるということに他なりません。僕の場合それは〈不器用な男と無垢な少女〉だったわけです。

 

■結局何が言いたいのか?

 

このように、僕の視点と好みから一般向けのアニメとアニメ好きが好む一般向けの作品について考えてみた結果、それらの最大公約数としてもっとも適切なのは「ハードボイルドもの」になると思います。

 

ここで「ハードボイルド」の定義云々には踏み込みません。僕の結論としては、ハードボイルド作品ならば、一般受けも良く、アニメっぽさも存分に楽しめるのです。

 

少なくとも、アニメ好きの人に言っておきたい。『レオン』と『テロリストのパラソル』はおすすめですよ。